暗殺者の家

暗殺者の家 解説

すでに3本のサスペンス映画があるとはいえ、それまでにさまざまな題材を扱って試行錯誤をくり返していたヒッチコックであったが、この作品でサスペンス演出の本領を発揮し、サスペンス映画の巨匠として名実ともに生まれ変っていく契機となった。
各地をたどりながら犯人を追っていくというストーリー構成はおそらくヒッチコックのもっとも得意とするやり方であって、その後も「三十九夜」「北北西に進路をとれ」などをはじめとして、ヒッチコックの傑作にしばしば現れるばかりでなく、他ならぬこの物語も1956年にもう一度つくっている。「知りすぎていた男」がそれだが、ヒッチコックが自分自身で再映画化した唯一の例である。
物語のモデルとなったのは、今世紀初頭のロンドンで「画家ピーター」と呼ばれたアナーキストが一軒の家に閉じこもって政府要人を暗殺しようとし、警察が犯人を出てこさせるのに手こずった事件で、これを脚本家のチャールズ・ベネットがヒッチコックにすすめたと言われている。
暗殺団の首領アボットに扮したピーター・ローレは、ハンガリー生まれでドイツ映画、とりわけ「M」の異常性格の殺人者で注目された俳優で、これがイギリス映画初出演。もう1本ヒッチコックの「間諜最後の日」を経て、ハリウッドヘ渡った。また、冒頭で殺された特務員ルイにフランスの名優ピエール・フレネが扮しているのも興味深い。

暗殺者の家 ストーリー

スイスの観光パンフレット、雪の山々…。そう、ここはサン・モリッツのスキー場である。ロンドンに住むボブとジルのローレンス夫妻は娘のペティをつれてここで休暇を楽しんでいた。三人は射撃遊びをしたが、ジルは射撃の名人で、打ち上げられる標的を片っ端から命中させた。
三人はホテルに戻り、ホールでくつろいだが、ジルは、やはり観光客であるルイといら紳士をお気に召したようで、その男とダンスをしはじめた。軽い嫉妬をおぼえたボブは、そこにあった編みかけの毛糸をルイの上着にこっそり結びつけた。毛糸はどんどんほどけ、踊っている人たちの足にからまり、今にも踊りが混乱しそうになったちょうどそのとき、窓ガラスが割られた。と思いきや、ルイが倒れかかった。ルイは何者かに射殺されたのだ。息の絶える直前、ルイはジルに自室の鍵を渡しながら、「シェーヴィソグ・ブラシのなかにあるメモをイギリス情報局へ」とつぶやいた。
ジルからそれを伝えられたポブは、こっそりとルイの部屋へ忍びこみ、シェーヴィソグ・ブラシのなかからメモを取り出した。そこにはある日付とコンサート・ホールという場所が書かれていた。暗殺者の手も迫ってきた が、ボブはかろうじて逃れ、ホールでボーイをつかまえて、当地にイギリス領事館があるかどうかたずねた。だが、そのボーイときたら、いっこうに英語が通じぬ。そこへ別のボーイがポブに伝言の紙片を届けに来た。それを読んで驚いたボブは、事務所で取り調べられていたジルにその紙片を渡した。「知っていることをしゃべると、二度と娘に会えないだろう」…そう書かれていたのだ。それを読んでジルが卒倒したちょうどそのころ、 娘ベティを泣致した暗殺者の馬車は雪に覆われた山を下っていた。

暗殺者の家
英語タイトル:The Man Who Knew Too Much
公開:1934年
日本公開:1935年
時間:74分
白黒

制作:マイクル・バルコン
協同制作:アイヴァ・モンタギュ
原案:チャールズ・ベネット、D・W・ウインダム=リュイス
脚本:A・R・ロウリンスン、エドウィン・グリーンウッド、チャールズ・ベネット
追加台詞:エムリン・ウイリアムズ
撮影:カート・クーラント
編集:H・セント・C・ステュアート
美術:アルフレッド・ジャンジ、ピーター・プラウド
音楽:アーサー・ベンジャミン