ファミリー・プロット:解説
77歳、53本目のヒッチコック映画。そして彼の最後の作品。「フレンジー」でよみがえった演出の冴えはそのまま持続され、小粒ではあっても独得の魅力を発揮している。ヴィクター・カニングの小説「レインバード・パターン」が原作であるが、ヒッチコックは「フレンジー」にひきつづいて、2組(前回は二人であったが、今回は2組)を並行描写するという構成をとっている。善意で相続人を見つけてやろうとするが、しかし小悪党であるカップルが偶然に車ではねそうになった女。その女と愛人の男はじつはもっとワル賢いカップルで……。映画はふたつの“プロット”を一見脈絡なさそうに進展させるが、とみせかけて、もちろんこのふたつは交錯していくのであり、そこになんともいえない面白味がある。アクセルとブレーキをきかなくされた車が山道をつっ走って行くくだりなどにサスペンスも盛りこんでいるが、むしろそうした興奮よりは、2組が交錯していく過程を、全体にのんびりした味で軽妙酒脱さを感じさせるように撮っている、そのユーモア感覚をこそ愛すべき作品。ファミリー・プロット:ストーリー
暗い部屋で緑色に光っている水晶球を前に、ブランチ・タイラーは降霊状態にあった。依頼主は大金持のジュリア・レイン・ハード老夫人。夫人は霊を呼びだして、自分の死んだ妹の私生児の行方を探し、その人物に財産を贈与したいと考えている。降霊術師のブランチが霊を呼ぶことに成功し、甥の行方を探りあててくれれば1万ドルの謝礼をあげる、とレイン・ハード夫人は言った。ブランチはレインパード家の門前で待っていたタクシーに乗り込んだ。運転手はジョージ・ラムレー。ロサンジェルスのだだっ広い道を走らせるうち、二人の会話から、じつはラムレーとブランチは恋人同士であり、ラムレーは俳優としてはちっとも売れないので、タクシーの運転手をし、さらにブランチの降霊術のために依頼事項の下調べをしていることがわかる。つまりプランチの降霊というのはかなりいかさまで、ラムレーの調査によって成り立っているのである。ブランチはラムレーにさっそく1万ドルの大仕事の件を打ち明けた。
すでに夜のとばりは降りていた。ラムレーはブランチとのそんな会話に夢中になっていたため、大通りを右手から左手に横切ろうとした女性をあやうくはねそうになってしまった。その女は、大きな帽子にサングラス、ブーツ・スタイルで全身黒づくめ、髪だけがブロンドである。女はそのまま警察のパイロット養成所のゲートに向かった。守衛は待っていたように事務所に通した。女は拳銃をかまえた。そして、「ダイヤは渡すから、人質が無事なことを証明してくれ」と言われると、女はひと言もきかず、メモを見せた。係官がダイヤモンドを出すと、女はそれをしまい、待機していたヘリコプターに乗り込んだ。ヘリコプターのパイロットは、「人質さえとられてなけりゃお前なんかここから逆さまに落としてやるんだが」とすごんだが、女は相変わらず無言のまま、突然発砲して、窓に穴を開けた。そして着陸しろと真下を指さした。そこはゴルフ場だ。そのゴルフ場のどまんなかに着陸させると、女は林のなかに駆けこんで、待っていた男にダイヤを渡した。ヘリコプターのパイロットは林のなかで明りが見えたので走って行ったが、そこには人質だけが倒れていて、女の姿はすでに消えていた。